ナメリカワビト

ライター:田中啓悟

いつか夢見た未来図は

今回のナメリカワビト_

清河 あかね
kiyokawa akane

BASE HAIR FACTORY

いつか夢見た未来図は

自分の人生を信じてよかった

髪を切りたい欲求は、この記事に目を通してくれる多くの方が持ち合わせていると思う。どれだけ伸ばしていたとしても、そろそろ切ろうかな、これを機に切ってみようかなと、散髪と生活は切っても切り離せない関係を結んでいる。
滑川に移り住んできてからというもの、何だかんだ大阪に帰った際に散髪していた僕は、一年以上もの間、滑川で髪を切ろうとしなかった。ただ、当分大阪に帰る用事はない。であるならば、いよいよ滑川で髪を切るときが来たのでは、と思うようになった。

そんな僕が髪を切ろうと考えていたときに出会ったのが、『BASE HAIR FACTORY』だった。厳密に言うと事前に挨拶をさせていただき、既に取材に伺う手筈だった。取材をする頃には髪の至る所が気になり、厄介になり始めていた僕にとって、またとないタイミングでもあった。そして何といっても、お店があるのはこのナメリカワビトで常連になりつつある瀬羽町だ。

「高校のときに、県外の美容学校に行きたいって親に言ったことがあって。でも、父から県外なんか行ったら絶対遊ぶからダメだって言われて、美容師になるのを諦めて就職したんです」

魚津市出身で、結婚して滑川にやってきた清河さん。黒部市に通いながら十五年もの間美容師として働いたのち、二年前に独立してお店を開いた。しかし、順風満帆な人生だったわけではなく、遡れば高校卒業後はなくなく自分の夢を切り捨てて就職し、自問自答する苦しい日々を過ごした。

彼女を待ち構えていた周りと同じ作業をするという退屈な社会人生活のさなか、いつも頭を過るのは正直になりきれなかった、美容師を夢見ていた頃の自分だった。

「高校生のときは一人暮らしもしてみたくて、卒業したらどうしても県外に行きたかったんです。実際、県外に出ずに富山で働く中で色々考えて、職場の先輩に今からでも全然遅くないから、やりたいことがあるのならチャレンジした方が良いって背中を押してもらえたのが決め手になりました」

投げやりにならなくてよかった。美容師になりたいという漠然とした将来像が、すんでのところで私を救ってくれた。味気のない社会人生活に、希望の灯がともされる。瞬く間に熱は再燃。一年遅れで県内の美容学校への進学を決意し、卒業後は美容師の世界に飛び込んだ。

私も子どもも一年生

「今は子どもを一人で育てながら美容師を続けてるんですけど、美容師って土日がメインの仕事だったりもするので、働きながら育てるのは結構しんどくて。それで、いずれは独立しようと思ってたから、子どもが小学生に上がるタイミングでお店を建てて、気づけば三年目を迎えようとしています」

自分と子ども、お互い一年生として新しい人生のスタートを切った瞬間は、晴れ晴れとしているようで、実際は不安だらけだったという。学校で友達ができるかわからず緊張していた幼い頃と同じ、独立して仕事を続けていけるのか、子どもを育てていけるのか、どこかで美容師を続けるという道が突然途切れてしまっているのではないか。大人になっても、不安の種は新しい形となって降り注いでいた。

美容師は、人生を背負う

「私がここにお店を出したのも、この辺りに新しいお店が増えて活気が生まれ始めてて、なのに落ち着きもあって、そういった街の雰囲気が好きだったのもあるんですよね」

毎日、黒部市まで往復一時間の通勤生活は、子どもとの時間を作る上でも可及的に解決するべき課題となっていた。仕事と生活を天秤にかけたとき、大きな影響を与えるのはやはり愛すべき我が子の存在なのだ。美容師であるとともに親でもあることが、清河さんを強くさせる。

「やるしかないところまで来てて、子どもの成長と私の心の準備速度が合わなくて、忙しなく過ぎていった感じなんです。一人だったら、ここまで出来てたかどうか」

多くの人に支えられ、今の姿がある。短い期間に人生の節目を何度も体験し、くじけそうになりながらも倒れることがなかったのは、関わってくれる人々への恩返しの気持ちがあったからなのかもしれない。

「一対一、もしくは一対二で、お客様のカット体験を色づくものにしたい。忙しなく切るんじゃなくて、対話しながら落ち着きのある空間を作りたいんです」

設えられた二面のカット椅子の前で、そちらを感慨深そうに見つめる清河さんは、間違いなくプロの美容師で、力強さ溢れる母親だった。

「こういう風な未来になるとは思ってなかったんですよね。最終的には独立するって目標はあったけど、こんな形でお店を構えるとは。ただ、若いときから思い描いていた理想というか、美容師としての人生に、少しは近づけたのかなって」

人を知って、好みを知って、満足のいく姿を一生懸命考える。カットを流れ作業にしない、他人の人生を背負っているプロフェッショナルの姿が、そこにはある。
容姿を形作る職人の目は、伊達じゃない。髪を切ることは、人を作っていくことでもあった。

外観写真

BASE HAIR FACTORY

滑川市瀬羽町1825-3
ペン

ライター

田中啓悟

田中啓悟

ライター、滑川市地域おこし協力隊。大阪府大阪市出身。「来たことがない」を理由に、弾丸で富山に移住。面白い人生を送りたいがために、何にでも頭を突っ込む。