ライター:田中啓悟
生涯、みゃあらくもん
今回のナメリカワビト_
土肥 航
Doi Wataru
たべもんや みゃあらく
山手の小さな集落で


滑川市小森にある『たべもんや みゃあらく』は、地場の野菜や肉類だけでなく、富山県ならではの海鮮も味わうことのできる料理店として人気を博している。店名のみゃあらくは富山弁で「道楽者」という意味を持ち、店主の土肥さんは自身の生き様を屋号として掲げ、人里離れた山間部にある知る人ぞ知るこのお店を切り盛りしている。
「もともと大学行ってた時に横浜のラーメン屋でバイトしてて、料理に触れ始めたのはそっからだね。富山に帰ってきたのは北陸新幹線が通った次の年(2016年)くらいだったと思うんだけど、それでこっちでもしばらくラーメン屋で働いたあとに母と一緒に独立したんだ。場所が場所だからここでラーメン屋やるのきついなって思って、地場食材を提供できる料理屋にするかっていうので」
冒頭にもある通り、店は山間部の狭い道を潜った先にあり、店前に広がる田んぼには、時期になると多くのホタルがやって来ては来客を楽しませる。田んぼが一面黄色に染まる季節も美しく、少し歩みを進めると背後に屹立する立山連峰も拝むことができるという。


そんな自然豊かな場所でお店を開いた土肥さんは、山奥のラーメン屋ではなく地域に根差した料理屋にすることを決意したが、そのきっかけは料理が好きだったからだけではなく、そこからとある出来事へ遡る。
「そのうち独立かなーとか思ってたら、この建物を取り壊すって聞いて、移築した立派な建物だからこのまま壊すのは勿体ないと思って買ったんだよね。じゃあ次に来るのは買ったはいいけどここで何やる? っていう現実的な話だった」
建物が生き延びた瞬間だった。需要はさておき、想いだけで購入を決めたのには、この地域への思い入れもあったという。見慣れた場所から知っている風景が失われるのは、どこか物悲しい。土肥さんはこの場所で生きてきた歴史を、自分なりの形で引き継ぐことを選んだ。
軽く言ってはみせるが、お店のある小森は滑川市の中でも人口が少ない集落で、この先は山しかない。通り道ですらないこの場所で料理屋をすることは無謀な挑戦にも思われたが、今はご飯時になると多くの人で賑わいを見せている。みんなが求めているのは、ありふれた料理でもいつもの味でもない。この場所だからこそ味わえる、幸をたらふく詰め込んだ味だ。
ウチならではの味


「肉と海の魚だけはそう獲れるもんじゃないから頼んでるんだけど、野菜も米も基本うちのとこのやつを使ってる。こだわりを敢えて言うなら、ちょっと変わったものを育ててるとかはあって、この辺りだとウチでしか食えないような素材を提供できるように意識してるところはあるね」
オカワカメやオオカブなど、スーパーでは売っていないような食材を取り入れることで、興味を持って店に来てくれた方が更に食を楽しむきっかけも作る。普段食べない味、知らない食感だからこその新しい発見に出会えるのも、みゃあらくならではの食事体験と言えるだろう。
その中には肉を始めとした、時期によっては出したいが手に入らないものなどがある。その場合は仕入れることもあるが、店で提供する食材はできる限り自前で揃えるのが土肥さんのこだわりだ。事実、店の中には春先に自らの足で採りに行った山菜も保管しており、周りにある畑には数々の野菜が植えられているだけでなく、極めつけに巨大なバナナの木まであるという何でもござれな様相を呈してすらいる。

「ラーメン屋時代にイタリアンと中華を専門にしてた人と仲良くて、料理はその人たちに教えてもらったんだ。だから俺の料理は今もベースがイタリアンと中華なんだよね」
出てくる料理はどれも和テイストのものが中心でありながら、味付けや些細な風味がイタリアと中華の空気感を醸し出す。とはいえ、みゃあらくで提供されるメニューは留まることを知らず、予算感とちょっとした要望を伝えれば、大抵それに見合ったものが運ばれてくる。異国のメニューですら許容範囲内というのだから恐ろしい。


「素材じゃなくて料理の軸でいうと、基本的に自分が美味しいと思ったものを出してるところはある。だからあんまりメニュー変わらないんだけど(笑)。これが食べたいって言われたら用意はするんだけど、ランチとかになってくると提供時間も限られて且つ美味い、を目指さんとダメだから難しいんだ」
みゃあらくのランチは手ごろな価格でボリューミーな定食を楽しめることが人気の秘訣。唐揚げや麻婆豆腐といった馴染みのあるものだけでなく、アメリカのケイジャン料理であるケイジャンポーク、中国・四川省発祥の雲片肉(ウンパイロー)、土肥さん一押しのからし焼きなど、あまり聞くことのないメニューで溢れている。
それらを作るには、限りなく食を追い求め、その上に自分の色味を出していく必要がある。道楽者として生きている土肥さんにとって、食は、料理はどういった存在なのだろうか。
道楽者と名乗って


「単純に好きなんだよね。食べるのも、作るのも。性に合ってるというか、これしかないじゃなくて、好きだから自然と続けられてるところは間違いなくある」
好きだから続けられる。この気持ちは自分を保ち続けるためだけではなく、来てくれたお客様に報いるためにも存在する。満足して帰ってもらいたいという思いは、この好きから生まれている。
「いつもと同じだったら作る方も食べる方も面白味がないから、バリエーション増やすためにも休みの日は基本的に他の店のもの食べるようにしてる。ほとんど勉強がてらで、どうしても我慢できないときは好きなもの食べに行くんだけど(笑)」
道楽者は、好きに正直に生きることを指す言葉でもある。好きが高じると人は自然と学ぼうとするし、高めようとする。それは料理人という枠組みの中で奔走する土肥さんも例外ではない。ただ野放図に好きなことをしたいようにやっているわけではないのだ。

「食べたことのないものがあったら食べるし、飲んだことのないお酒があったら飲むし、もうずっと優先してるのは自分が知らないものを知ることだね。それをどう自分の作るものに落とし込めるか、引き出しは多いに越したことはないし。あと、どうしたらこうなるのか手順が全くわからんってときはYouTubeとかあるから、動画見ながら自分の食べた味に近づけていくこともある」
自身でも凄まじい調理技術を持っていながら、そこはやはり料理人というべきか、土肥さんが休みの日に味わうのは自身が体感したことのない見ず知らずの食べ物。店を開いてもうすぐ10年になるが、どこまで行っても学ぶ姿勢は揺るがず、命がついえるその瞬間まで厨房に立っている姿すら想像できる語りぶりは、職人のそれとも近い。もはや定義を越え、料理人も立派な職人と言っていいのではないかと思うほどの説得力があった。
「きっと死ぬまで、こうやって生きていくんだろうな。まぁ、自分が望んだ道だから全く問題ないんだけど」
富山にきたときに、立山を見渡したときに、ふと思い出してほしい。山の麓では、いつ行っても変わらないみゃあらくもんな店主が、あなたが来るのを心から待ち遠しにしていることを。


