ナメリカワビト

ライター:田中啓悟

グラウンドを見つめて、次の舞台へ

今回のナメリカワビト_

相山 慎
Aiyama Shin

株式会社Move Create /フォトグラファー

グラウンドを見つめて、次の舞台へ

今度は自分でフラッシュを焚きに

滑川市出身で富山市に事務所を構えながらフォトグラファーとして活動する相山さん。小学1年生のころから野球に打ち込み、高校は県内の名門・高岡商業高校でプレーし、社会人野球でも21年に開催された北信越大会にて首位打者を獲得するなど、華々しい活躍を見せた。

「大学を卒業して、社会人チームを持っている愛知の企業に就職する予定だったんですけどそのタイミングで肩を壊してしまって、結局県内での就職になったんです。その後、子どもが生まれたこともあって、野球から完全に引退する決意を固めました」

淡々と語る口ぶりの裏には、滲み出る野球への想いがあった。学生の時分はずっと、これからも野球に携わっていくのはごく自然なことだと信じていたが、人生は一変する。

「辞めたときは、結構気持ちの整理がついていたのもあって清々しかったのを覚えています。自分としては故障もあった中でこうやって続けてきて、一矢報いることができたというか、折り合いがついた感覚がありました。物悲しい思いはあったんですが、同時にやり切ったなっていう思いもあって、その決断に後悔はしませんでした」

野球から身を引いたとはいえ、嫌いになって辞めたわけではない。むしろ好きなまま、これからはプレイヤーではない立場で関わっていくことも視野にいれ、その後は中学生の指導を行う機会も得たという。しかし、自分が本当にやるべきことは何か、迷いに迷った結果、コーチ業も一年で退いた。

「本当にありがたい機会を頂けたことに感謝しつつも、それ以上に写真をやりたい気持ちが強かったんです」

長年、共に歩んできた野球に縋る思いはなかった。それよりも、自分を次の舞台へと押し上げてくれたカメラに応えるようにして、ひたすらに撮り続けた。

「自分はフォトグラファーとして活動しながら、他にいるメンバーに映像とかデザインとかをお願いして、個人向けのスタジオもやってるので、着付けさんとかヘアメイクさんとかもいれたら、10人弱くらいの人でtoBもtoCもやってます」

まだ独立したてで正社員の数こそ少ないが、周りには事業に関わってくれる仲間たちが大勢いる。そんな仲間たちとの出会いもまた数奇的なものでありつつも、相山さんが自ら掴んできたものだった。

「子どもを撮るのも好きなんですけど、30超えた男にママさんたちが撮影を頼むかって言われたらまあ考え難いじゃないですか(笑)。でも事業としてやりたいなって思ってたまたま見つけた方がスタジオ経験豊富な方で、色々話していくうちに任せるならこの人だなって思ったんです。で、快く引き受けてくださって、本当にありがたい限りです」

相山さんのポリシーは、撮ったものを自身で評価するのではなく、見てくれた人に評価してもらうことが第一優先。その姿勢こそが、大きな大会、フォトグラファーとして成長できる機会へ繋がっていくのではないかと、信じてここまでやってきた。そして、その思いが結実したのは、まだ独立の準備を進めていた24年の秋のことだった。

元アスリート×現アスリート

「カメラマンは副業でやり始めて、行けるところまで行こうと思って自分でも色々挑戦してみた結果、イチロー選手側から呼んでいただける機会があって、24年の秋に行われた「高校野球女子選抜vsKOBE CHIBEN」戦のカメラマンとして試合の撮影に加え、その日の練習から終了後のイベントまでの撮影を全て担当しました。昨年も入れて2年連続で参加させていただけたことも自信につながりましたし、その他のことも含めて、この一、二年くらいでそういった人の縁の巡りというか、人生が急加速した感じもあって自分でもびっくりしてます」

元メジャーリーガーで、日本人として初めてアメリカ野球殿堂入りにも名を連ねたイチロー選手からの誘いが来たときは、胸が高鳴ったという。一昨年は東京ドーム、昨年はイチロー選手の地元・名古屋で開催されたイベントにカメラマンとして関わり、往年の名選手の姿を写真に収めるという大役を担った。大舞台を作る一員になれたことが人として、カメラマンとしての相山さんを大きく飛躍させていく。

「元アスリートでありながら今を生きるアスリートの方を撮らせていただいてる身だからこそ、自分が競技に向き合っていた時の気持ちとか、選手としてこういう瞬間を切り取ってほしいっていう思いを大事にしたいし、その感覚を活かせるような写真を撮って勝負するぞって心がけてるので、集中している選手の姿を上手く写真に収めるのは自分にとっては責務だと思ってます」

競技中、選手は常に目の前のことにのみ集中する。どうすれば上手く試合を運べるか、今自分がするべきことは何か、相手の様子はどうか。コートやスタジアムといった空間の内側に幕が張られ、外野は二の次。写真の写り具合などは、三の次といったところかもしれない。それぞれの役割が噛み合う瞬間でもあるのだ。

「それで言うと野球しかしてこなかった人生でもあるので、もっと他のスポーツにも触れてみたいなって思いながら活動している中で、全く縁のなかったプロのハンドボールチームとか、リーグからも声をかけていただけるようになったことも、成長させてくれる大きな要因になってくれていると感じています」

ハンドボールのプロリーグ「Hリーグ」においては、チームのオフィシャルとして試合の様子をカメラに収めるだけでなく、会場の様子や試合前に行われるイベント、試合後のサイン会など、その全てを担当する。

「大体どんなスポーツでも共通する動きってあると思ってて、感情が爆発したときだけじゃなくて、身体の動きから予測して考えながら狙って撮れるのは、自分の強みじゃないかと。でも撮るだけならだれでもできるから、誰かと一緒じゃない、光と影の使い方とか、際立ったプレーの瞬間とか、そのあたりで勝負して違いを出していかないとっていう気持ちで撮ってます」

上手く、選手が最高にカッコいい様子を切り取るのがプロのカメラマンとしての腕の見せ所であり、お世話になったスポーツに対しての恩返しにもなる。自分は舞台から一歩引いた場所にいるが、それは、選手を除けば最も選手を近くで見られる位置ともとれる。アスリートをよく知る人間が撮るアスリートは、裏側の姿も含め、一際輝いて見えることだろう。

人生は、続いていく

「カメラマンになる方って、当たり前なんですけどカメラが好きで、写真学校を出て、修行を積んで独立される方が多い中、自分は元アスリートで、カメラを触っていた時間よりも野球をやっていた時間の方が遥かに長くて、入り口としては結構特殊な気もするんですよね」

相棒をバットからカメラへ替えたときから覚悟は決まっていたが、周りが持つ当たり前の価値観を受け入れるのには時間がかかった。だが、やるしかなかった。カメラを握った以上、もう野球選手ではなくカメラマンになったのだから。

「カメラを仕事にして、でもこれが死ぬまで自分の仕事なのかって言われたらそれが分からない怖さもあって。誰だってそうで、わからないなりに進んで壁にぶつかってを繰り返すしかないのかなと、この仕事をし始めてから特に感じています」

手探りで進んでいく未知の世界の感触は、ようやく馴染んできたころだろうか。それとも、まだまだ掴みきれないものなのだろうか。フォトグラファーとしての仕事だけでなく、会社代表としてこなさなければいけないマネジメントもまた、相山さんにとっては未知の領域が多いのも事実だ。

「野球を辞めたからってそこで終わるわけじゃない。それでも、人生は続いていくんです」

本当に野球一筋だった相山さんの世界は、ファインダーを通して無限に広がっていく。あとは恐れずに、前へ進むだけ。今立っているこの場所こそが、自分にとっての大舞台だ。

株式会社Move Create /フォトグラファー

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ライター

田中啓悟

田中啓悟

ライター、滑川市地域おこし協力隊。大阪府大阪市出身。「来たことがない」を理由に、弾丸で富山に移住。面白い人生を送りたいがために、何にでも頭を突っ込む。