ライター:田中啓悟
塩の味、母の手、昭和の香り

今回のナメリカワビト_
高辻 美和子
Takatsuji Miwako

ニッタ食品店

昔日のにぎわいを知るお店


旧北陸街道から内陸に入った先にある晒屋通り。かつては瀬羽町の賑わいを受け、多くの人々でにぎわっていたが、今では人通りもまばらな、どこか郷愁を誘う古道となっている。そんな静かな通りで、今日も変わらず一軒の店が静かに営業していた。
「祖父が塩干物の行商をしてて、ここにお店を出してからはずっとこの場所から離れることなく営業しとった。もう90年くらいになると思うがだけど、父が後を継いでからは塩干物以外にもお惣菜とか飲み物とか、そういった食品関係のものも置き始めたん」
『ニッタ食品店』の代表、高辻さんはそう口にした。お店を創設した祖父から受け継ぎ、今のお店のスタイルを作ったという父。時代の流れもあり、幅広い食品を提供できる形にシフトした父を手伝い、高辻さんの兄がお店を継いだのち、やがて高辻さん本人が代表となった。お店に関わり始めてからは実に40年近い月日が流れた。40年である。御年72歳の高辻さんは、30歳を迎えるころからこのお店を支え、今ではニッタ食品店の4代目として日々お店に立っている。
「当時はここの通りも人がわんさか通ってたけど、今じゃお店も数軒になって、次第に人も少なくなって、寂しい限りではあるけどね」

もとはこの晒屋で塩干物を中心に、水産加工品を取り扱う専門店として営業を開始したニッタ食品店。富山の名物でもある昆布やわかめなどの海藻を中心とした地場産業は、この滑川でも、常に地域とともに生きてきた。
旧北陸街道の瀬羽町から数分のところにあるこの晒屋通りも、かつては木炭バスが走り、街のいたるところから人がやって来る滑川の中心街として栄えた過去を持つ。だが、今では狭い道の両端にひしめき合う空商店は静けさを見守り、賑わっていた創業当時の街の姿は見る影もない。
「今は午前中に街の人が。お昼になったら市役所とか銀行の人が来てくれるのが、何よりもありがたい。昔と違って客層も変わりつつあるけど、これからもこういった移り変わりに対応できるように頑張りたいね」
微笑を浮かべながら語る高辻さんの頭の中では、あわただしく過ぎ去っていく日常風景が流れているようだった。そんなニッタ食品店が愛されている理由は、お客様に対する思いやりの精神が一際強いからなのかもしれない。
変わらぬ営み、変わる形

「私が立てる間はずっといるつもりだけど、いずれは息子が継いでいくが。今も味付けとかは息子に頼んでて、徐々にお店のことも任せているからさして心配はしとらんけど」
心配していないと言いながらも、あれこれと考えてしまうのが母の性というべきか、高辻さんは思案気な表情を浮かべる。隠しきれない親心もまた、会話の中で垣間見られる。息子と二人で営業しているこのお店は、恐らく、何事もなければ息子へと受け継がれていく。
長い時間をかけて仕込んだ商品がお客様の手に渡り、お昼過ぎからはまた明日以降の仕込みをしながらゆったり営業するのがニッタ食品店のいつもの在り方だ。お客様のために一品一品を丁寧に仕込み、その裏、商売の目標や拡大の構想はない。

ただ、目の前に来てくれる人が「安くて美味しい」と感じてくれれば、それで十分だという高辻さん。ニッタ食品店の惣菜が安い、というのは巷でも有名な話で、この機に安さの秘訣について切り込んでみた。
「私は給料ないが。息子には払っとるけど、私は年金で生活しとるから、売り上げは仕入れ代とか息子の給料とか、経費で綺麗さっぱりなくなる。安さの秘訣は、私が給料もらうくらいなら来てくれた人に還元したいと思ってるから」
開いた口が塞がらなかった。うすうす感じていた、商品に手間をかけていながら、驚きの安さを実現しているニッタ食品店の秘訣は、蓋を開けば存外不思議なことではなかった。自分が得る分を削ったら、還元できる分が増える。当たり前ではあるが、高辻さんはさも同然といった風に口にする。その選択肢を取ってこれたのは、ひとえにお店を訪れるお客様の笑顔がやりがいになっているからだった。
やりたいことはなくても、「喜んでもらえること」が何よりも嬉しい。お店は形を変えてきたが、芯の部分は、お客様に対する思いやりの在り方は常に変わらない。必要以上を追い求めない高辻さんの姿勢が、今のニッタ食品店を支えているのだろう。

続けることが全て
「人も少なくなるし、お店も跡継ぎがおらんくなったら畳むしかなくなる。ただ、ウチは幸いにも跡継ぎがいるし、何よりも毎日人が来てくれる。誰かが来てくれるから続けられるし、来てくれることで私たちもやらんとって、気が引き締まるね」
この町もまた、例外ではなく人口減と高齢化の波にのまれている最中。通りの商店は少しずつ姿を消し、記憶の中の景色となりつつある。それでも、「ニッタ食品店」だけは変わらずにある。訪れた人を、いつも通り出迎える。
「安くて美味しいって思ってもらえたら、それ以上に嬉しいことはないが。自分は身体も動かせるし、元気な間はずっと、この晒屋と来てくれる方のために頑張れたら」
決してドラマチックな話ではない。だが、そこにある真っ直ぐな思いと、それに支えられた日々の営みは、何よりも誠実で温かい。高辻さんが大事にしてきた人の温かさは、自らの原動力になり続けている。
「店が続いていくためだったら、自分のことは後回しでも構わん。ここまで来たら、何でもするちゃ」
すっかり人通りの少なくなった晒屋の町で、まるで誰かの帰りを静かに待ち続けているかのように、温かく迎えてくれるニッタ食品店。その佇まいは、往時の賑わいを今に伝える建物が並ぶ中でもひときわ印象的で、今なお多くの人に愛されているのは、訪れる人への高辻さんの思いやりが、この店に息づいているからなのかもしれない。




ニッタ食品店