ライター:田中啓悟
制服と、もう一度はじまる

今回のナメリカワビト_
猶原 友紀子
Naohara Yukiko

リユースラボ

年度末のバタつきを過ぎ、ほっとしたような、どこか春愁を感じているような日が続くさなか、滑川の海にほど近いところに建つ『リユースラボ』を訪れた。学生服や学校で使う必要品を取りそろえたお店の内部を前に、随分前に学生から卒業した僕は居心地の良さを感じながら腰を下ろした。
「長らく連絡できなくてすみません。やっぱりこの時期は一番忙しくて」
入るや否や、猶原さんが出迎えてくれる。2024年の末に取材の打診をしてから、実に4カ月が経った。学生服だけでなく、体操服や柔道着、文具類などの学生用品を取り扱うお店ということもあり、一番忙しい年明けから4月上旬ごろまでは中々動けずだったが、ようやくひと段落を見せたところに足を運ぶことができた。

夢は変わらず
もともとは教育学部出身の猶原さん。教師になるために邁進したが、その夢は叶わなかった。その後は教材に関する仕事をしながら自らを納得できる環境に置き、結婚、出産を経て、気づけば自分でもあっという間の年月を重ねた。そんな猶原さんに心境の変化を与えたのは、子どもが家を離れ、自身の時間が増えたときだった。

「今やっている仕事を満足いくまで続けられるのか、人生はこのまま終わるのか、って考えることが多くなったんです。別に自営業をしようとまでは思ってなかったけど、面白い、自分がやりたいって思える何かがあればいいな、なんて漠然とした思いだけがあって。そんな日々が結構続いたとき、たまたま見たテレビの内容に衝撃を受けました」
今後の人生をどうしていくべきかという永遠の課題ともいえるそれと向き合い続けた猶原さんを突き動かしたのは、テレビに映ったある特集。育ち盛りの子どもを持つ親が、中古の制服を求めて続々とやってくる。まさに、学生服リユースを専門とする販売店の密着だった。
ビビっと来た。こんな店が世の中にあるのか、こんな仕事があるのかと、たまたま飛び込んできたテレビの内容が人生の布地となって広がっていく。

「あのときの衝撃は未だに忘れられないし、自分のやりたいこと、学校教育に少しでも携わることができればという思いが上手く合わさったような気がしました。挑戦したいっていう気持ちと、自分にできるのかっていう不安に板挟みになったりもして」
本当に、このまま終わるのか。再度自分に問いかける。
思案した末にやってみようと決意できたのは、ひとえに母の力もあったのかもしれなかった。

母の背

「母が仕事で洋裁をしていたんです。ずっと、何十年も。仕事の残りを持ち帰ってきたこともあったのかな。そういった母の姿を横で見てたし、基本私の服とか自分が持つバッグとか、仕立てから全部する人だったからスーツも作ってくれたりして、洋裁はすごく身近な存在でした」
服飾の分野において、母の存在は常に光り輝いていた。何でもできてしまうことに対して憧憬の眼差しを注いだ若かりし頃、自分は習ってこそいなかったが、母の描く一挙手一投足からイメージを抱いたという。

事実、譲り受けるものの中には学校生活の年月の数だけダメージを受けているものも多く、場合によっては必然的に手直しが必要になることもある。だが、その手の作業が得意とはいえ、全てを網羅しているわけではなく、行き詰ることもある。
「私も得意分野ではあるんですけど、わからないことも多くて、最初のころは母のもとに持って行って教えてもらうことも多かったです。母もだいぶ弱ってたんですけど、そこはやっぱり職人というか、弱ってるときも服とかを目の前にすると急に手さばきが戻ってくるんです」
服飾と共に歩んできた母の人生が、一枚の布をきっかけに動き出す。器用に指先を操る母の技が脳裏にこびりついているのか、猶原さんは懐かしむように瞬きを繰り返した。


「母みたいに一から作るわけではないけど、同じような道に進んだことを母自身がすごく喜んでくれて、事あるごとに『あんた器用だからできるちゃ』って言ってくれたのが今も心のどこかにあったりもして」
そんな母は、一年半前にこの世を去った。母が今の自分をどう思っているか、気軽に訪ねてサッと手直ししてくれないかと、教えてもらいたいことも数えきれないほどあったが、もう訪ねることはできない。残されたのは、母の形見である二台のミシンと、技を受け継いだ自分だけ。
ただ、今は多くの方がお店を訪れてくれるようになった。自分を頼りに、自分も頼りながら、必要とされる方を少しでも支えられるよう、自分のペースでお店に立っている。
子のため、親のため


「この仕事を始めて、改めて親ってすごい忙しいなって思いました。ボタン付けるとか裾上げるとか、サッと出来そうなことでも、実際は手間になったりするものだから、私がいることで少しでも親御さんの負担が減ったらいいなって思ってます」
持ち込まれた状態で売ることより、手に取る人が手間をかけなくて済むように手入れするのが猶原さんのポリシー。出来る限り手間がかからないように、家に帰って裁縫道具とにらめっこしなくて済むように、自分のところでできることはやってからお渡しする。多くの利用者が、猶原さんの人を第一とした姿勢に救われてきたのは言うまでもない。
「周りにこういったお店がないからすごいビックリされるし、あって良かったって喜んでいただけて、そういった声を聞くのが励みになってます。今となっては続けていかなきゃって、お店を始めたころとはまた違う思いがあるというか、必要としていただいているからこそ頑張っていきたいです」
