ナメリカワビト

ライター:田中啓悟

初めての滑川、始まりの2ND HOUSE

今回のナメリカワビト_

竹田ほのか/柴田智恵美/柴田樹史
TakedaHonoka/ShibataChiemi/ShibataMikihito

MEWSHIP 2ND HOUSE

初めての滑川、始まりの2ND HOUSE

海に呼ばれ、山を下る

滑川市高月町にある、海まで数十メートルというところに新しくできた『MEWSHIP 2ND HOUSE』に入ると、木で統一された温かみのある内装と、まだお店として芽吹き始めたばかりの新しい香りが漂った。

「もともと富山市の山とか森ばっかりのところでお店をやってて、こう最初は何か違うことがしたいなーって軽い気持ちで考えてたんですけど、愛知県にいたころに妻(智恵美さん)が古着屋をやってたこともあって、またやろうかって話になったんですよね。それで、山の中で普段生活してお店も山でやってて、また山でやるのもどうなんだって話し合った結果、シンプルに海に行き着きました」

オーナーの柴田さんは11年住んだ愛知県から地元・富山へと戻り、二棟続いている実家のログハウスのうち一つを喫茶店として改築し、週末だけ喫茶店をやりながらデザインの仕事をメインに腰を落ち着けた。富山市の南、岐阜県との境にほど近いところで『MEWSHIP BASE』として開かれた住処は徐々に話題を呼び、ついに滑川に新店舗をオープンする運びとなった。

「ここ一年くらい物件情報見てたときに、ちょうどこの物件が見つかって、家からは海が見えないんだけども、目の前の堤防に上ったら富山湾が広がってるっていう情景がすごく魅力的で。飲み物持って堤防に上がって、ぼーっと海を感じられるイメージが湧いたときに、ええんちゃうのって」

高い堤防を越えると、一面に広がるのは富山湾の青と弧を描いて続いている富山県の大地そのもの。後ろを振り返ると、たなびく立山連峰の姿が垣間見られ、富山の全てを享受することができる。県の中央に近い滑川だからこそ得られるロケーションに、柴田さんは心を掴まれた。

「ここで実際にお店を始めて、それこそ瀬羽町のミズノさん(為体)はアドバイスもしてくれたり、積極的に来てくれて色々助かりました。大きなイベントが開催されるときの交通規制とかこの地域特有のこととか、分からないことも多い中ですごく頼りになります」

そう語ってくれたのは智恵美さんで、以前取材もさせてもらった為体の店主・ミズノさんの名が飛び出して少々驚きを覚えつつも、彼女の性分を考えると納得できるというか、ふらっとやってきてはキリの良いところで切り上げていくのが想像できる。

「初めての地で不安もあったんですが、お店でポップアップしましょうかって言ってくれる人がいたり、ほのかちゃんみたいに仕事を辞めてまでこっちのお店に専念してくれる人がいたり、助けられてばかりだからこそ頑張りたいとも思えるし、これからやってみてよかったなって実感することも増えていくんだろうなと思っています」

滑川という近いようで遠かった街の色が見え始める。手探りで始めたお店は、日が経つにつれて知れ渡り、多くの利用客に愛されるために姿を変えていくが、その根底にあるのは自分たちが留まりたいと思える店の在り方を失わないこと。その一点が、彼らを支えていた。

まずは自分が満足できる店づくりを

「うちは大型犬を飼ってることもあって、前提としてお店に犬が入れるようにしたくて。土間が広くて、大型犬でもある程度動き回れるだけの幅があるとなお良かったので、そういった意味でも条件としては良かったんです。それに加えて子どもが二人いるので、十分に動いても危なくないスペースの確保は重要でした」

広々とした入り口のスペースは動きやすいだけでなく、大型犬がゆったりとくつろげる場にもなる。床が大きく傷つくことがないのもまたポイントで、飼い主として気を張らずにいられるという点も考え抜かれているのだろう。

また、子がいる親だからこそ、犬や猫といった動物を飼っているからこそお店に行ったときの振る舞い方は人一倍敏感になる。お店のスタッフや周りの利用客の視線を気にしてお店に入ることができないといった人の悩みを、全て受け止めるのがこの場所の役割でもあるのかもしれない。

「やっぱりこういうお店をやる以上、地元の人が気軽に来られる場所であってほしいなとは思っていて、基本的に子どもでも犬でも入って賑やかにしてくれていいですし、逆にお店として整えすぎても入りづらくなってしまうような気がして」

お店としてどこまで線を引くのか、といった点は、何を排斥するかということでもある。全てをカバーすることは難しく、どこかだけに特化してしまうのもまた、地元の人間が訪れるには少々幅が狭まってしまう。その中でまず選んだのは、誰かのためではなく、自分たちのためにお店を作ることだった。

「取り扱うものに関しても、やっぱり日常に近いものじゃないと馴染まないよなってのはつくづく思っていて、富山市のお店ではホットドッグの提供とかもやってるんですけど、それも僕が食べたいから出してるだけで、客観的に見たらホットドッグよりハンバーガーとかポテトとか、もっと身近なものの方が選ばれるんですよね」

ホットドッグを食べに行こう、という発想になるかどうかは人それぞれかもしれないが、確かに大きなパイを得ようとした場合はもっと効率的で且つ、身近な存在のものをメインに据えるべきだという意見が一般的だろう。しかし、柴田さんの中でビジネスと好みを両立させることは、こだわりを捨ててまで目指すべき景色ではなかったのかもしれない。

「あそこのホットドッグめちゃくちゃうまいぞっていうことはまず起きないとは思ってるけど、それでも好きだからやってるわけだし、このお店ではホットドッグから離れて、一風変わったワッフルをメインに提供しているので、滑川の方には好きになってもらえるよう頑張りたいです。結局のところ自分たちにとって過ごしやすい店づくりをすることが、巡り巡って来てくださる方のためになればという想いはずっとありますね」

愛されるお店 愛していきたい滑川

「コロナ禍のタイミングでグランピングっていう言葉が爆誕してくれたおかげで、富山市のお店は色が確定したところもあるんですが、今のところ滑川店にはそういった強みがなくて、強いて言うなら犬なんです。お店としては位置的にサイクリストが立ち寄りやすい場所にあるんですが、冷静に考えるとサイクリストは自転車に乗ることが目的であって、街を巡ったりお店に寄ってゆっくりはしないんですよ!(笑)」 

犬を連れて入ることのできるお店の多くはカートに入れること、オンリードであることを求められるものだが、『MEWSHIP 2ND HOUSE』ではそれらの全てをフリーとしている。自由に楽しんでもらう、あくまでお店は日常の一部であり、家のように過ごしてもらうことこそが、この場所の真価とも言える。

対して、富山湾沿岸を走るサイクリストは爽快感を求めて、海風を浴びながらこの海沿いを堪能する。ほど近い位置にあるこのお店に、サイクリストたちの談笑はまだ聞こえない。

「だからこそ、お店を身近に感じてもらえるように中で頑張るだけじゃなくて、滑川っていう街の中でコミュニティを広げていくことが今やるべきことだと思ってます。その結果、街の人たちが求めているものがわかることもあるし、その頃には自分たちがここでやりたいことも見えてきてるんじゃないかって」

犬に溢れたお店となるのか、サイクリスト御用達の休憩所のようになるのか。はたまた、その両方の組み合わせというのも面白いのかもしれない。誰が来ても、どんな人が繋がっても、このお店にたどり着いた時点で興味深い化学反応を起こしてくれるという期待が、胸を高鳴らせる。

「商売としては難しいけど、もともとのお店に来てくれた人たちにもすごく支えられているので、これからは滑川のこのお店を愛してくださる方がたくさん来てくれるよう努力したいです。そういう方たちを大切にしながら、長く続けていれば何かしらの形になっていくだろうとは思っていて、最終的には何となくずっとあるよくわからない地元のお店、みたいな認識になっていったらいいなって思ってます(笑)」

2ND HOUSEという店名にもある通り、ここは別荘のような、家とは違うもう一つのたまり場。何があるか分からなかった滑川の街に思い付きでやってきた彼らが直感で選んだ穏やかな海と街のコントラストは、まだまだ可能性を秘めている。ふと頬を撫でる心地よい柔らかな風が、この新しい船出を祝福する。

外観写真

MEWSHIP 2ND HOUSE

滑川市高月町624
ペン

ライター

田中啓悟

田中啓悟

ライター、滑川市地域おこし協力隊。大阪府大阪市出身。「来たことがない」を理由に、弾丸で富山に移住。面白い人生を送りたいがために、何にでも頭を突っ込む。