ナメリカワビト

ライター:田中啓悟

画が私を連れてきた

今回のナメリカワビト_

明日香
Asuka

nanahime

画が私を連れてきた

酒造にカフェ

先日取材させていただいたパン屋の『hope low carb bakery』と並びを共にしているのは、国登録有形文化財に指定されている旧宮崎酒造。その二階に、ひっそりと隠れ家のように佇むカフェがある。

薄暗い酒造部を奥まで進むと現れる『nanahime』は、アジアンテイストな雰囲気が漂う極めてレトロな、落ち着きのあるカフェだ。二階からの眺望は富山湾を手前に、晴れていると奥には富山の西端・氷見の姿が垣間見られる。取材日は雪景色のため視界不良だったが、雪の日はまた風情があって良い。店の雰囲気について話していると、店主の明日香さんは言う。

「アジアの風土や文化が好きなんですよね。香港とかタイとか、ここ十年くらいはベトナムにハマってて。それから、ここ(旧宮崎酒造)から見える景色とかこの静かな街並みも気に入ったのをきっかけに、お店を出すことになりました。滑川を好きになったのはそのあとで、好きになれたのは来てくれる皆さんのおかげかな」
富山県内で生まれ、結婚を機に魚津へと居を移し、今は滑川市にお店を構えている。滑川を活動の場所に選んだのは、ひとえにここからの眺望が素晴らしかったのが大きいと語る。ベトナムと縁のある滑川の街に来て、お店を始めたのが約三年前。自分の好きを詰め込んだ空間づくりに励んできた。

店内にはアジアンテイストな小物や絵画が飾られており、まじまじと観察しながら話を聞くと、掛けられている画は明日香さん本人が描いたものだという。大好きなベトナムの街が描かれているが、この画の場所も時代と共に変わっていき、今はかなり様変わりしているらしい。
「ベトナムは本当に街並みがすぐに変わっちゃって。毎年行ってるはずなんですけど、他の国と違って行くたびにここはどこだって、場所がわからなくなる(笑)
前の方がよかったのにって思う反面、街が生きている感じもあって、全部ひっくるめてすごく好きで」
その後は快活に、楽しそうに旅行記を語っていただいた。学生のころから巡ってきたアジア圏の国々を前に、安心感のようなものを覚えることもあるという。それだけ慣れ親しんだ土地であることは言わずもがな、そんなアジア大好きな彼女が、この場所でお店をしていることは奇跡にも近い。これほどまでに街の特色と自分のやりたいことが明確に合致している人は中々いないのでは、と思わされるほどの説得力があった。

人生を変えた二週間

「以前は称名滝に向かう途中でお店をやってたんですけど、突然お店を辞めないといけなくなって。お店は一旦休もうと思ってたら、「ここ空いてるよ」って教えてもらって、あれよあれよと今のこの場所に落ち着きました。もちろんランタン祭りにも来たことはあったし、ベトナムも好きだし……私がやるしかないじゃん! って運命みたいなものを感じましたね」
この間、たった二週間である。されど二週間と言うべきか。急にお店を閉じることになり、次の行き先を探した結果、自分と相性の良いスポットに運よく転がり込んだ。準備も含め、半年後には再出発を果たした。

「お客さんには山から海に下りたねって言われました(笑)。前は毎日往復90キロも走ってたことを考えると、家からも近いし、自分の好きで溢れたこの空間はすごく気に入ってます。絵だけじゃなくて、着物の素材を使って服を作ったりもしてるんですけど、良いアクセントになってくれてるなと思いますね」
様々なことが二週間の間に重なり続け、気づけば明日香さんは文化財の中でカフェを構えるオーナーとなった。要素を掛け合わせた一室は、あまりにも煌びやかに映る。作り手の想いが込められた、かけがえのないアトリエだ。

能登(石川)かと思ってたら、氷見でした

日本海が見せる真冬の厳しさと、夕日がゆっくりと傾いて沈んでいく真夏のコントラストを味わえるこの空間は格別だろう。
そして、自分の人生史において切っても切り離せない海外との繋がりが、この場所には確かに存在していた。

「店には、色んな人が来てくれます。私のお店のファン、宮崎酒造のファン、今は引っ越されたけどこの辺りが地元の方。みんな優しくて、何も知らない私に「ここから見えるあれは石川県じゃなくてまだ氷見なんだよ」とか、「海岸も昔は砂浜だったりしてよく遊んだんだ」とか、私の知らない滑川の景色を教えてくれるんです。ちなみに私はあの陸地がずっと能登(石川)だと思ってました、お恥ずかしい」
ほっこりとしたやり取りも数多く、これぞ地域との繋がりと言えるべきエピソードで溢れ返す。ちなみに僕も、遥か先に見える陸は能登半島だと思っていた。氷見だと知った時は、富山県は意外と大きいのだなと感心した覚えがある。

「こういったことも、全部自分が好きでやってきた絵を描くことに還っていくんですよね。街と繋がりを持って、人や自然と触れ合って、自分のやってきたことが全部自分のためになる。昔から見えるものを信じるタイプだからこそ、何かあればやってみようって思えるのかな」
視線の先には、ベトナムに存在していたかつての街並みを描いた絵画がある。
彼女の想いは、日本と海外を行ったり来たり。どれだけ時間があっても足りない人生の一部が、そこにはあった。

外観写真

nanahime

滑川市瀬羽町1860
ペン

ライター

田中啓悟

田中啓悟

ライター、滑川市地域おこし協力隊。大阪府大阪市出身。「来たことがない」を理由に、弾丸で富山に移住。面白い人生を送りたいがために、何にでも頭を突っ込む。