ナメリカワビト

ライター:田中啓悟

憧れた、マスターという生き方に

今回のナメリカワビト_

城木 昌美
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自家焙煎珈琲WHITE

憧れた、マスターという生き方に

いつも助けてくれたのは、コーヒーだった

暖色の灯る店内でシャッターを切っていると、城木さんが辺りを見回しながら口にする。
「インテリアや小物類に関しては、大体妻が選んでくれたんですよ。私はそのあたり、からっきしで」
装飾の一つ一つ、小物一つをとっても愛らしい店づくりが施されている『自家焙煎珈琲WHITE』は、コーヒー好きとして来てみたかったお店だ。

僕はコーヒー好きとはいえ、普段はペットボトルやスティックタイプのものを愛飲しているので、真のコーヒー好きからするとにわかではあるが、ほぼ毎日口にしている。寒い冬の朝に飲むコーヒのうまさたるや、喉を通ったときのほろ苦さと芯から温めてくれるあの感覚は格別だと思う。

マスターである上市町出身の城木さんは、もとは工場で働く日々を送っていたが、密かに喫茶店やコーヒースタンドのマスターという生き方に憧れていた。誰にも言ったことはない、自分だけの秘密だ。
真夏の溶けるような暑さも、芯が冷える冬の朝も、いつも共にしてきたコーヒーの存在は自分にとって救世主であってくれる。まさに相棒だ。

あぁ、思い切って仕事を辞めた

「このお店も、もともとは妻の実家の一部だったんですけど、そこを改装してお店にしたんです」
SNSに載っている写真を見ながら、まだ改装段階だった2022年に思いを馳せる。ただのガレージだった空間をお店として作り上げられたのには、ひとえに妻の後押しもあった。
僥倖だった。妻の実家の一部を使わせてもらうことに、本来であれば反対されそうなところ、快く受け入れてくれた。そこにあったのは懐の広さだけでなく、己のやりたいことを尊重してくれた、応援する形に他ならない。

「本当は定年後にって考えとったところを、会社が早期退職者を募集していたのもあって、そのタイミングで退職することにしました。何というか、ちょっと早まった感じでしたね。辞めたときは、ここから始まるんだと思って武者震いしましたよ」
楽しむことが趣味だった城木さんにとって、コーヒーが仕事に変わった瞬間だった。これからもコーヒーを愛していきたいという一心が、何のノウハウもなかった城木さんを突き動かしてここまで連れてきたのだろう。

「会社から出張で県外に行くことはあったりするもんだけど、自分で調べて習いに行くなんて普段ないから、もうドキドキしましたよね。自分に出来るのかっていう不安と、好きだからこそ生半可にはできないっていう覚悟で押しつぶされそうでした」
心に巣くう悶々とした思いを振り切るように焙煎の知識を学べる場所を調べ、その足で弾丸、群馬県のとあるコーヒーショップへ向かった。焙煎歴30年という大ベテランが営むお店で開催される焙煎教室に通い、知識と技能を二日で身に着ける。笑顔で語る反面、当時は不安も多かったが、帰ってくる頃には自然と自信に満ちていた。

滑川から出たくなくなる日々

「ほのぼのしとるよね、滑川は。ゆっくりしとるっていうか、あったかい。こうね、なんて表現したらいいんか分からんがやけど、滑川にいたら外に出たくなくなるね(笑)」

不思議だ。僕も、何となく同じ感覚を抱いている。滑川に住んで一年経つが、外に出たいと思わなくなった。富山の中心地は滑川から車で30分弱、電車だと20分もあればたどり着けるとはいえ、そこまで行くのはどこか億劫なのだ。家族と行くならまだしも、一人でだと中々足が遠のいているのも、僕も城木さんも都市部にはそこまで惹かれるものがないからなのかもしれなかった。

「今日みたいに雪が降った日の景色は特に綺麗ですよ。晴れとはまた違う、曇っていても美しい。これぞ雪国というか、雪国だから味わえる特別な美しさが目の前にあって、雪の舞い落ちる海が変わらずある。寒いのと引き換えに、景色を提供してくれて感謝ですね」

今日、ブルマンの日なんですよ

店内で何を頂こうか考えていると、城木さんが思い出したかのように口を開いた。
「そういや今日、奇遇にもブルマン(ブルーマウンテン)の日なんですよね」

はて、何かと思えば、最高級豆として名高いブルーマウンテンの記念日がどうやら取材をした1月9日らしい、ということを知った。そんな日に取材させていただけたとは、どこか運命的なものを感じる。
聞くところによると、1967年1月9日に、ジャマイカから日本に向けてブルーマウンテンコーヒーが大型出荷されたのを記念に『ブルーマウンテンの日』が制定されたそう。このこともあり、日本はブルーマウンテンをはじめ、ジャマイカ産のコーヒー消費量が世界で見てもトップレベルになっているとのことだ。

コーヒーが繋ぐ国同士の絆は固く結ばれ、今もなおその関係は続いている。
「国も地域も同じやね。支え合って助け合って、気づいたら関係性ができて。僕も頼られたり頼ったりで、色んな人と関わって生きていきたいと思ってます」
滑川で始めたコーヒーの物語は、まだまだ駆けだしたばかり。この記事を見た多くの方が訪れ、お店の和やかな雰囲気を楽しんでくれることを願って。

外観写真

自家焙煎珈琲WHITE

滑川市常盤町1107
ペン

ライター

田中啓悟

田中啓悟

ライター、滑川市地域おこし協力隊。大阪府大阪市出身。「来たことがない」を理由に、弾丸で富山に移住。面白い人生を送りたいがために、何にでも頭を突っ込む。